top of page
  • 綾瀬東部教会

2020.8.30 コラム : 特別な感謝の修養会

毎年行われる夏の連合修養会が今年も開かれた。コロナ事態のために萎縮した雰囲気で、周囲からの心配の声もあった。それでか例年より少ない35名の参加だったが、小学生から90歳の牧師先生ご夫妻まで一緒だった。主なる神様のくださる豊かな恵みの中ですべての日程を無事に終えることができた。今年の修養会は特別な感謝のある貴重な時間だった。その感謝を紙面を通じて分かち合いたいと思う。


第一に、小学生3人を含めて参加者の半分くらいは青年を中心とした次の世代だった。超高齢化現象で日本の多くの教会には青年や子供を見るのが難しい。青年たちはただ参加しただけではなくて伴奏や教師などいろいろな奉仕の働きを熱心に担当してくれた。これから青年たちが教会の主役として仕えて福音宣教のために用いられることを切実に願い、また祈る。


第二に、初めの日の集まりで皆が順に今回の修養会に期待することが何かを分かち合った。そして、最終日にはそれぞれ修養会で受けた恵みを分かち合った。皆が期待したものを得る恵みを受けたと言い、感謝と喜びの証をした。いろいろな面で歴代最高の修養会だったという反応が多かった。


第三に、牧師、講道師、伝道師などの先生方の講義と説教がとても充実して豊かだった。主なる神様の時、礼拝、清潔、従順、教会、愛、信徒の霊的なアイデンティティ、祈り、疑うことについてなどのタイトルで語られた内容だった。特に講道師と伝道師先生の説教は、まだ説教者としての経験が少ないにも関わらずとても向上したように感じた。彼らの説教を通して多くの恵みを受けた。これからも立派な説教者として良い働きができると信じて期待する。


第四に、大阪の南先生の告白を聞きながら主に感謝と賛美を捧げた。南先生は青年のときに留学で日本に来て我が教会でイエス様に出会った。その後、献身して牧師の道を歩んできた。ところが、2年前頃、牧会の負担と燃え尽きのために大きな苦しみを味わった。牧会を担って行けるエネルギーがなくなった状態だった。それで休暇を得て休むことで主なる神様の癒しと回復の恵みを経験し、今は働きに復帰して一生懸命に牧会に努めている。今回南先生が私に「牧師をしていることが本当に感謝であり、とても幸せです」今まで初めて聞いた言葉である。その言葉を聞きながらむしろ私がより幸せを感じて安心した。私なりには南先生がいつも牧会の重荷を背負って疲れているように見えてもどかしい心があったからである。南先生の言葉に返すように私も行った。「牧師が信徒たちに与えていける大きなプレゼントは幸せですね。牧師が幸せであってこそ幸せを与えることができますね!」

私は幸せな牧師である。魯牧師。

閲覧数:5回0件のコメント

最新記事

すべて表示

2021.08.30 コラム : 二つの種類の知恵

コロナの感染拡大を避けるために教会の礼拝を非対面に転換させた教会が多い。ある牧師は、時代が求める教会の変革の答えが非対面礼拝であると言う。しかし教会の本質は集う共同体である。一緒に集わなければ教会の存在の意味を失うことになる。非対面礼拝が非常の時の一時的な対応の方案にはなり得る。だがそれが新しい礼拝の形態として定着するのは望ましくない。ワクチン接種に対しても賛否両論がある。ワクチンがコロナに対する

2021.08.22 コラム : コロナの経験

考えてみると、私は一生で多くの死の峠を超えてきた。子どものときから病気がちだった。さらに川や海に溺れたり、練炭のガスを吸い込んだり、建築現場で落ちたり、投げた石に頭を打ったり、足に釘が刺さったり、過労で倒れたりなどで死の危険を経験した。しかし今回のような苦しみの経験は初めてだった。コロナにかかって十日以上39度付近を行き来する高熱で苦しんだ。発病から十日後に救急搬送されて入院してから肺炎を引き起こ

2021.07.18 コラム : 滅びの道

誰かが聖書の教えの中で最も大切な教えは何かと聞くなら、躊躇なく「高慢となってはいけない」であると答えたい。本当にそうである。エデンの園で始まった人類の歴史もそれを証明する。最初の人間から高慢で罪を犯した故に死の道を歩んだ。以来、すべての人間の滅びの道は例外なく高慢から始まる。先週「どのように独裁者(暴君)となるのか」というドキュメンタリーを見た。近代の世界歴史の中でよく知られている代表的な独裁者を

Comments


記事: Blog2_Post
bottom of page