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  • 綾瀬東部教会

2021.02.14 メッセージ:彼らの信仰を見て(信仰とは何か)

聖書:マルコの福音書2:1-12

題目:彼らの信仰を見て(信仰とは何か)


 イエス様が中風の人を癒されたことに関する内容です。5節を見ますとイエス様が「彼らの信仰を見て」大きな恵みを与えてくださいました。それでは信仰とは何でしょうか


 第一、 イエス様のみもとに来ることです(1-3節)

 イエス様がいる家に多くの人がうわさを聞いて集まってきました。その時に、一人の中風の人を四人の人が担いでイエス様のみもとに連れて来ました。多分、連れてきた人々は中風の人の友たちや家族や親族であるでしょう。中風の人よりも彼を担いできた人々の信仰が立派だといえます。なぜなら、中風の人は一人で動けないのに、四人が彼を担いででもイエス様に連れてきたからです。信仰はイエス様のみもとに来ることです。人生のさ迷いはイエス様に出会えば終わります。人生のすべての問題に対する答えがイエス様にあるからです。ですから、私たちもいつもイエス様のみものとに来るべきです(ヨハネ1:9;11:25;14:6)。


 第二、 屋根をはがし、穴をあけることです(4節)

 イエス様のみもとに来ても多くの人が集まったためにイエス様に会えませんでした。イエス様に会えるまで障害となるものが多くあります。ところが、彼らはイエス様のいる家の屋根をはがし、穴をあけて、中風の人を寝かせたままの床を吊り降ろしました。人の家を壊すような行為だと言い、批判的に見ることもあるでしょうが、屋根より人の命を救いことがより重要なことであるために良くしたといえます。難関があっても諦めないのが信仰です。今日もイエス様に会えることやイエス様に従うことに障害となるものがあります。信仰の人はそれでも最後まで突破します(マタイ15:22-28;へブル3:14)。


 第三、 罪の赦しを受けることです(5節)

 イエス様も彼らをご覧になって「何で人の家の屋根を壊すのか」と叱ったのではありません。むしろ、彼らの切なる思いや諦めない信仰の姿を見て驚きの宣言をされました。「子よ。あなたの罪は赦されました」と言われたのです(ネヘミヤ9:17;イザヤ1:18)。6節以下にはそれに関する反発などもありますが、イエス様がすべてを整理してくださいました。そして、中風の人の病も癒してくださいました(10-12節)。信仰はイエス様に出会って、罪の赦しを受けることです。私たちにも一番大切なことは、イエス様の十字架と復活の故に罪の赦しを受けたと信じる信仰を持つことです(コロサイ2:13-14;Ⅰヨハネ1:9)。


 信仰の人はイエス様のみもとに来て、難関を突破して、罪の赦しを受ける人です。そのような人は「神をあがめる」人となります(12節)。私たちもそのように主なる神様に栄光を帰し、その名をあがめる人生となりましょう。アーメン。


성경: 마가복음2:1-12

제목: 믿음을 보시고(믿음이란?)


 예수님께서 중풍병자를 고쳐주신 일에 관한 본문입니다. 5절을 보면 예수님께서 “저희의 믿음을 보시고” 큰 은혜를 베풀어 주셨습니다. 그렇다면 믿음이란 무엇입니까?


 첫째, 예수님께 오는 것입니다(1-3절)

 예수님께서 계신 집에 많은 사람들이 몰려왔습니다. 그때에 한 중풍병자를 네 사람이 들것에 메워서 예수님께 왔습니다. 정확하지는 않지만 아마 중풍 병자의 친구나 가족들일 가능성이 큽니다. 중풍 병자 본인의 믿음보다 그를 데리고 온 사람들의 믿음이 귀합니다. 중풍 병자는 스스로 움직일 수 없었는데 그를 메어서라도 예수님께 나아 왔기 때문입니다. 믿음은 예수님께 오는 것입니다. 인생의 방황은 예수님을 만나면 끝이 납니다(마11:28). 인생의 모든 문제의 답이 예수님 안에 있기 때문입니다. 그러므로 우리도 항상 예수님께 와야 합니다(요1:9; 11:25; 14:6).


 둘째, 지붕을 뚫는 것입니다(4절)

 예수님께 왔지만 너무 많은 사람들이 와 있었기에 예수님을 만날 수가 없었습니다. 예수님을 만나려면 어려운 장애가 생기는 일이 많습니다. 그런데 그들은 예수님께서 계신 집의 지붕을 뜯어 구멍을 내고 중풍 병자를 달아 내렸습니다. 남의 집에 재산적 손해를 주는 행위라며 비판적으로 볼 수도 있지만 지붕보다 생명을 살리는 것이 더 중요한 일이기에 잘한 것입니다. 난관이 있어도 포기하지 않는 것이 믿음입니다. 오늘날도 예수님을 만나는 일이나 예수님을 따르는 일에 반드시 어려움이 있습니다. 믿음의 사람은 그래도 끝까지 돌파합니다(마15:22-28; 히3:14).


 셋째, 죄사함을 받는 것입니다(5절)

 예수님께서도 중풍병자를 데리고 온 사람들의 열심을 보시고 “왜 남의 지붕을 뜯느냐”고 책망하지 않으셨습니다. 도리어 그들의 간절한 포기하지 않는 믿음의 모습을 보시고 놀라운 선언을 해주셨습니다.“네 죄사함을 받았느니라”가 그것입니다(느9:17; 사1:18). 6절 이하에 그 말로 인한 반발도 있었지만 예수님께서 모든 것을 정리해 주십니다. 그리고 중풍 병자의 병도 고쳐 주십니다(10-12절). 믿음은 예수님을 만나 죄사함을 받는 것입니다. 우리도 예수님의 십자가와 부활로 인한 죄사함을 받은 믿음을 갖는 것이 가장 중요한 일입니다(골2:13-14; 요일1:9).


 믿음의 사람은 예수님께 오고 난관을 뚫고 죄사함까지 받은 사람입니다. 그런 사람은 “저희가 다 놀라 영광을 하나님께 돌리며(12절)” 한 것처럼 남은 생애 영광을 하나님께 돌리는 삶으로 살게 됩니다(12절). 아멘.

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